「待つこと」を遊びの中で学ぶ:子供の社会性と自己調整力を育む保育でのアイデアとねらい
「待つこと」を遊びの中で学ぶ:子供の社会性と自己調整力を育む保育でのアイデアとねらい
子供たちが成長する上で、「待つこと」や「順番を守ること」は、社会の一員として他者と共に生活するための大切なスキルです。しかし、発達段階によっては、自分の欲求をすぐに満たせない状況や、他の人が行動するのを待つことが難しく感じられることもあります。このようなスキルは、単に厳しく指導するのではなく、子供が主体的に関わる遊びの中で、楽しく自然に身につけていくことが理想的です。
本記事では、「わくわく学びスイッチ」のコンセプトに基づき、「待つこと」や「順番」を遊びを通して学び、「好き」な活動を深める中で社会性や自己調整力を育むための、保育現場で実践できる具体的なアイデアと、そのねらいについて解説します。
遊びを通して「待つこと」「順番」を学ぶ意義
「待つこと」や「順番」を遊びの中で学ぶことは、子供にとって以下のような意義があります。
- 社会性の発達: 他者との関わりの中で、自分の行動が集団にどう影響するかを学び、協力する経験を通して社会性を育みます。
- 自己調整力(セルフコントロール)の獲得: 自分の衝動を抑え、目的のために待つ経験は、感情や行動をコントロールする力を養います。
- ルールの理解と遵守: 遊びのルールとして「順番」があることを理解し、ルールを守ることの大切さを体感します。
- 他者への共感や配慮: 他の友達が遊ぶ様子を見たり、待っている友達の気持ちを想像したりする中で、他者への共感や配慮の気持ちが芽生えます。
- 見通しを持つ力: 次は自分の番だと見通しを持つことで、待つことへの意欲や期待感が生まれ、不安を軽減できます。
これらの力は、将来子供たちが様々な集団の中で円滑に生活していく上で不可欠な基礎となります。
「待つこと」「順番」を楽しく学ぶ遊びのアイデア
ここでは、保育現場で実践しやすい遊びのアイデアをいくつかご紹介します。
アイデア1:順番が自然に生まれる集団遊び
多くの子供が同じ遊具を使いたい時や、特定の役割を順番に担当する遊びは、自然と「待つこと」「順番」の意識が生まれます。
- 遊びの概要と目的: ブランコ、滑り台、砂場セット、特定の人気のおもちゃなどを順番に使う遊び。または、集団で行う簡単なゲーム(椅子取りゲーム、じゃんけん列車など)で順番や交代を体験します。
- 準備するもの: 園庭の遊具、部屋にある人気のおもちゃ、音楽(椅子取りゲーム用)など、既にあるもので十分です。
- 具体的な手順や方法:
- 遊具や道具の場所の近くに、順番待ちの立ち位置や線などを設ける(視覚的な合図)。
- 子供たちと「どうやって使おうか?」「みんなが使えるようにするにはどうしたらいい?」などと話し合い、一緒にルール(例:「滑り終わったら次の人」「このおもちゃは〇〇くんが終わったら使おうね」)を確認します。
- 保育士は見守りながら、必要に応じて声かけ(例:「今〇〇ちゃんの番だね、△△くんは次だよ」「順番を守ってくれてありがとう」)を行います。
- 順番を待つ時間も、他の遊びを促したり、待っている友達と簡単なやり取り(「頑張って!」「楽しいね」など)を促したりします。
- 年齢別のポイントや難易度調整:
- 乳児クラス: 特定の順番を理解するのは難しいため、「保育士が抱っこして順番に見せる」「同じものを複数用意する」などの工夫が有効です。「ぽん!」など短い合図で交代を促します。
- 幼児クラス: 簡単なルールを理解できるため、子供たち自身で順番を決めたり(じゃんけんなど)、タイマーを使ったりして見通しを持たせるようにします。役割交代のあるごっこ遊びなども取り入れやすくなります。
- 限られたスペースや予算での工夫: 特定の遊具が少なくても、人気のおもちゃや素材(粘土、絵の具など)を使う時間制の活動にするなど、工夫次第で場所や予算に関わらず実施できます。
- 集団での活動と個別の関わり方: 集団でのルール共有は大切ですが、順番が守れなかった子供に対しては、頭ごなしに叱るのではなく、「使いたかったね、でも次は〇〇くんの番だよ」「待つの、ちょっと大変だったね」と気持ちに寄り添いながら、次に待つための具体的な声かけやヒント(「絵本を見ながら待っていようか」「先生と一緒に砂場で遊ぼうか」)を提供します。
- ねらい:
- 集団における自分の位置づけや役割を認識する。
- 遊びのルールを理解し、守ろうとする気持ちを育む。
- 他者との関わりの中で、譲り合いや順番を守ることの心地よさ、大切さを体感する。
- 自分の行動を調整する力を養う。
- 安全に実施するための注意点: 遊具を使用する際は、安全な使い方や危険な場所がないか確認します。順番を待つ列が崩れて転倒したり、ぶつかったりしないよう、適切な距離やスペースを確保します。
- 応用例: 家庭でお菓子を分ける時、滑り台、ブランコなど公園の遊具を使う時など、日常生活の中で意識的に「順番」を声かけし、遊びのように楽しい雰囲気で行います。
- 保護者への説明に役立つ視点: 「遊びの中で、お友達と順番を待つ練習をしています。すぐに順番が来なくても、少し待つことで次への期待感が生まれ、自己調整力が育ちます。ご家庭でも、おやつの順番や、お風呂の順番など、身近なところで『次は〇〇ちゃんの番ね』と優しく声をかけてみてください。」などと伝えると、家庭との連携に繋がります。
アイデア2:視覚的なヒントを活用した順番待ちの工夫
順番を視覚的に理解したり、時間の見通しを持ったりすることは、子供が「待つ」行動を支える上で非常に役立ちます。
- 遊びの概要と目的: 砂時計やタイマーを使ったり、名前やマークを並べた順番ボードを使ったりして、次に順番が回ってくることを分かりやすく示します。
- 準備するもの: 砂時計(複数用意すると良い)、キッチンタイマーやスマートフォンのタイマー機能、ホワイトボードや大きな紙、子供たちの写真やマークを貼ったマグネットやクリップなど。
- 具体的な手順や方法:
- 砂時計/タイマー: 人気の場所(絵本コーナー、特定のおもちゃを使う場所など)に砂時計やタイマーを置き、「砂が全部落ちたら次の人ね」「このタイマーが鳴るまで遊ぼうね」などと、目で見て時間の終わりが分かるようにします。
- 順番ボード: 特定の活動(例:制作の素材を選ぶ、順番に発表するなど)で順番を決める際に、子供たちのマークを順番に並べたボードを用意し、終わった子のマークを移動させていきます。
- 使用前に子供たちにツールの使い方やルールを説明し、実際に一緒に使ってみます。
- 年齢別のポイントや難易度調整:
- 乳児クラス: 長い時間のタイマーは理解できないため、数秒〜数十秒の短い砂時計から始めます。ボードは写真など分かりやすいものが良いでしょう。
- 幼児クラス: 複数人で順番を使う際の「終わったら自分でマークを動かす」など、子供自身が主体的に関わる要素を加えます。タイマーの時間も少しずつ長く設定できます。
- 限られたスペースや予算での工夫: 大きなボードがなくても、クリップにマークを付けたものを紐に挟んで順番に並べるなど、身近なもので工夫できます。タイマーは保育士の時計やスマートフォンの活用も可能です。
- 集団での活動と個別の関わり方: 全員でボードを見ながら確認したり、タイマーが鳴ったら皆で拍手したりするなど、集団で共有することでルールの意識を高めます。待つのが苦手な子供には、ボードのマークを指差しながら「〇〇ちゃんの次だよ、もうすぐだね」と個別に見通しを持たせる声かけを行います。
- ねらい:
- 視覚的な情報を手がかりに、時間の流れや順番を理解する。
- 終わりや次への見通しを持つことで、安心して待つ経験を積む。
- 道具の活用を通して、ルールの理解や遵守の意欲を高める。
- 安全に実施するための注意点: 砂時計はガラス製品の場合があるので、落下や破損に注意が必要です。子供が安全に使える素材や形状のものを選びます。
- 応用例: 家庭でおもちゃを使う時間、テレビを見る時間などを砂時計やタイマーで区切る練習をする。
- 保護者への説明に役立つ視点: 「保育園では、砂時計や順番ボードを使って、次に何が起こるかの見通しを持って待つ練習をしています。目で見て分かりやすいので、子供たちも『次は自分の番だ』と楽しみに待つことができます。ご家庭でも、時計やタイマーを使いながら、『長い針がここに来たらおしまいね』などと声をかけてみてください。」などと伝えます。
アイデア3:役割を交代する「ごっこ遊び」や運動遊び
「医者と患者」「お店の人とお客さん」のように役割が交代するごっこ遊びや、リレーのように順番に役割を担う運動遊びは、他者の視点を理解し、譲り合う心を育みます。
- 遊びの概要と目的: 子供たちが特定の役割になりきり、その役割を交代しながら遊びます。または、順番に走ったり、ボールをパスしたりする運動遊びです。
- 準備するもの: ごっこ遊びに必要な道具(お店屋さんなら商品に見立てたもの、お医者さんなら聴診器に見立てたものなど)、リレーならバトンやコーン、ボールなど。廃材なども活用できます。
- 具体的な手順や方法:
- ごっこ遊びの場合、子供たちと「誰がお店の人になりたい?」「次は交代しようね」などと声をかけ、役割の交代を意識させます。最初は保育士が間に入ってスムーズな交代をサポートします。
- 運動遊びの場合、チーム分けをして、走る順番やパスをする順番などを決めます。順番が来たら次の人にバトンやボールを渡す、という行為を通して、自分の役割を果たすこと、次の人に繋ぐことを学びます。
- 年齢別のポイントや難易度調整:
- 乳児クラス: 簡単な「どうぞ」「ありがとう」のやり取りができる、短い時間での役割交代(例:「先生がお客さんね、次は〇〇ちゃんがお客さん!」)から始めます。
- 幼児クラス: 子供たち同士で役割分担や交代の相談ができるように促します。複雑なルールの遊びにも挑戦できます。
- 限られたスペースや予算での工夫: 大掛かりなセットがなくても、椅子を並べて電車ごっこにしたり、タオルをマントにしてヒーローごっこをしたりと、身近な物で十分楽しめます。運動遊びも、広い場所がなくても室内でできる簡単なリレーや玉入れなどで順番や交代を取り入れられます。
- 集団での活動と個別の関わり方: 全員で役割を体験できるよう、交代の声かけを丁寧に行います。特定の役割に固執してしまう子供には、「次は△△くんがやってくれるかな?」「〇〇ちゃんもやってみたいって言ってるよ」などと、他の友達の気持ちに寄り添う声かけをします。
- ねらい:
- 他者の視点に立って考える力を養う(ごっこ遊び)。
- 自分の役割を理解し、責任を持って果たす経験を積む。
- 譲り合いや協力することの楽しさ、大切さを学ぶ。
- 集団の中での協調性を育む。
- 安全に実施するための注意点: 運動遊びでは、ぶつかったり転倒したりしないよう、スペースを確保し、安全な動き方を伝えます。ごっこ遊びで使う小道具に危険なものがないか確認します。
- 応用例: 家庭でのお手伝い(順番に担当を決める)、兄弟間でおもちゃを交代で使うなど。
- 保護者への説明に役立つ視点: 「ごっこ遊びやリレー遊びを通して、お友達と交代したり、順番を譲ったりする経験を積んでいます。これは、相手の気持ちを考えたり、みんなで協力する力を育む大切な学びです。お家でも、お子さんがお友達や兄弟と仲良く遊ぶ際に、褒めて伸ばしてあげてください。」などと伝えます。
遊びをサポートする大人の関わりと環境づくり
「待つこと」や「順番」を遊びの中で効果的に学ぶためには、保育士の適切な関わりと環境づくりが重要です。
- ポジティブな声かけ: 順番を守れた時、少しでも待つことができた時に、「順番守れたね、すごいね!」「待っていてくれてありがとう」など、具体的に褒めることで、子供は自信を持ち、次も頑張ろうと思えます。
- 共感の姿勢: 待つことが難しくて泣いてしまったり、順番を守れなかったりした子供には、「使いたかったね、悔しかったね」と気持ちに寄り添いながら、「でも、次は〇〇ちゃんの番だから、少し待ってみようか」「どうしたら順番に使えるかな?」などと、解決策を一緒に考える姿勢を見せます。
- 見通しが持てる環境: 前述の順番ボードやタイマーの活用に加え、「この遊びの後は、手洗いをしてご飯だよ」など、活動の流れを分かりやすく示しておくことも、子供が次の行動を予測し、落ち着いて待つために役立ちます。
- 無理強いしない: 子供の発達には個人差があります。「待つこと」がどうしても難しい時期もあります。無理強いせず、その子のペースに合わせて、短い時間から、簡単な状況から練習を重ねていくことが大切です。大人が手本を見せることも有効です。
- 大人自身が手本を示す: 保育士同士が順番を守ったり、互いに譲り合ったりする姿を子供に見せることで、自然な形で学びを促します。
まとめ
子供が「待つこと」や「順番」を学ぶ過程は、時に葛藤を伴いますが、これは社会性や自己調整力といった非認知能力を育む大切な機会です。「わくわく学びスイッチ」が目指すように、これらのスキルもまた、子供の「好き」や探求心を刺激する遊びを通して、楽しく身につけていくことができます。
保育士が遊びのねらいを理解し、適切な環境を整え、子供一人ひとりの発達段階に寄り添った声かけを行うことで、子供たちは「待つこと」や「順番」をポジティブな経験として捉え、他者と共に生きる楽しさを学びながら成長していくでしょう。今回ご紹介したアイデアが、日々の保育実践の一助となれば幸いです。